話は、三ヶ月前にさかのぼる。
2月の巡業中に双子の姉・千春からの電話を受けた WRERAの村上千秋は、耳にした驚くべき内容に、食べていたイカのバター焼きを思わず吐き出す羽目になった。
「何ぃっ! 八島の姐さんが、ウチのあの富沢に負けただぁ!? くだらねぇ冗談言うと承知しねーぞ、千春!?」 *1a
『冗談なんかじゃないさ、千秋! 私もさっき知ったとこだけどよ、何でもあのコスプレ女、TTTとかいうベルト賭けたから初防衛だって、一人で喜んでたらしいぜ?』
「なっ……! よりにもよって、あのおふざけ王座の試合だってえ!?」 *2a
2月、新日本女子の巡業に参加した富沢レイは、最終日に組まれた八島静香との試合を『TTT王座タイトルマッチ』と勝手に宣言。
新女も八島もほぼ無視を決め込んだものの、八島がまさかの敗北を喫したことで、富沢は TTT王座の(自称)初防衛を果たしたのだった。
「くっ……きっと、根が真面目な姐さんのこった。 富沢のバカさ加減に戦る気が失せて、本気になれなかったに違いねぇぜ!」
『おおかたそんなトコだろーけどよ。 ただ、あのコスプレ女が、私らの姐さんの顔に泥を塗りやがったことには変わりねぇ。 どうするよ、千秋?』
「決まってんだろ! ここはお前にも協力してもらうぜ、千春!」
──時を戻して、5月。
「いいか富沢、今日は私がセコンドについてやるから、大船に乗った気で行けよ!
相手が私の姉貴だからって遠慮することはねぇ。
正々堂々しっかりクリーンに戦って、その TTT王座を防衛してくるんだぜ!」
「は、はい! ……なんか、今日の千秋さんてば変だよねぇ……?」
三ヶ月ぶりとなる TTT王座防衛戦の相手は、スレイヤー・レスリングの村上千春。
メロディ小鳩やライラ神威とともに WRERAに殴りこんできた千秋の姉との試合は、終始富沢が押されまくる展開となった。
しかし富沢もよく凌いで、終盤にはタランチュラにサソリ固めという、いわば節足動物系関節技の連続で、あわや試合をひっくり返すところまで持ち込んだのだが──そこで、事件は起こった。
「いい気分はそこまでだぜ、富沢!」
「うわあっ! ち、千秋さん、何をっ!?」
セコンドのはずの千秋がリングに上がって自分を蹴り飛ばしたことに、さすがに目を白黒させる富沢。
だが、ニタリと笑う千秋の後ろで、良く似た顔が良く似た笑みで立ち上がったその時、富沢はこの後自分を襲うであろう悲惨な運命を、理由もなく悟ってしまった。
「えっとぉ……でも、いちおー理由とか教えてもらえると嬉しいんですけど……?」
「それはテメェの胸に聞くんだな! 覚悟しやがれ、富沢ぁっ!」
「で、でも心当たりがありすぎてっ! きゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
……結局、姉妹から散々に暴行を受けた挙句、試合は(なぜか反則裁定にもならずに)18分28秒、村上千春の勝利に終わった。 *3a
ノーザンライトスープレックスで大の字にノビた顔には、マジック、しかも油性のそれで山ほど落書きをされた上に、
「お似合いだな、そのザマ!」
「情けねぇ姿を見てもらえてよかったなぁ、富沢」
という暖かい言葉まで姉妹からもらった富沢であった。
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