「しかしまぁ……みんな、ホントに成長してくれたもんだよ。
祐希子は今や押しも押されもせぬ世界の頂点だし、
市ヶ谷も来島も千里も、れっきとした世界王者の経験者。
寮長──堀も、私ゃからベルトを防衛するくらい、たくましくなってくれたしね。
……さぁて……あとはどうするか、か……」 *1a
ビューティ市ヶ谷の失踪とサンダー龍子と世界王者たちの激闘が衆目を集めた、11月の WRERA興行。
しかし、この月に起こった重要な出来事は、これだけではなかった。
「葉月さん! 待ってください!」
「お? めぐみじゃないか。 コーディとの NJWP王座戦、決まったって? 勝ったら、私ゃが挑戦させてもらうから。 覚悟しときなよ」
「その王座戦のこと……社長から聞きました。
社長は、葉月さんを今回の挑戦者にするつもりだったって。
それを私に譲って、代わりに自分は次の挑戦者になる──葉月さんがそう決めたって」
「あらら……ったく、あの社長もホントに口が軽いねぇ」
「譲っておいて、次の挑戦者に名乗りをあげるなんて……どういうことです?
私でもコーディでも、どうせどっちにも勝てる。 だから私にベルトを巻くチャンスを上げよう……なんて思ってるんですかっ?」
「うーん……。 ま、その通りっちゃその通りかな?」
「!!」
「あんたがそう思ってるなら、その通りにしかならないよ、めぐみ。
そんなんじゃ、確かに時期と相手が変わるだけで、私ゃの戴冠は変わらないだろーさ。
……いや、私の相手は同じかな。 あんたがコーディに負けたら変更無しだもんね?」
「葉月さんっ!」
「怒ったかい? それなら、勝ってみせてよ。 コーディに。 それから、私にも……さ?」
NJWPヘビー級王者、ジュディ・コーディ。
それに挑むは、“次代のエース”、武藤めぐみ。
“孤高の天才姫”との二つ名も聞こえるようになってきためぐみは、これがタイトル初挑戦。
高度になった近年の女子プロレスにおいて、デビュー二年半でヘビー級王座奪取を果たせば、それはまさに“天才”の所業。 *2a
しかし、王者・コーディは、出る杭を打ち砕くに充分なパワーを持つレスラーだった。
《ジュディ・コーディ、得意のパワーで猛攻!
武藤めぐみは、ここまで手も足もでない苦しい展開だ!
タイトル初挑戦の緊張か、それとも、これが彼女の実力なのか!?》
「お前の実力など、関係ない。 これは、私の実力だ!」
コーディのハードタックルが、めぐみを軽々と吹き飛ばす。
コーナーに打ち付けられた彼女に、容赦なく突き刺さる串刺しラリアット。
さらには大技・アルゼンチンバックブリーカーが、めぐみの喉から絶叫を引き出させる。
互角、あるいは挑戦者有利との声もあった下馬評を覆す一方的展開に、めぐみの初戴冠を信じて声援を送っていた会場のファンも、次第に声を失い、静かになっていく。 *3a
──だからこそ、その声はめぐみの耳にしっかりと届いた。
「めぐみちゃん、しっかりするにゃん! 私の分まで頑張らなきゃ、ダメだからね!」
それは、先輩・テディキャット堀の声。
コーディに NJWP王座を奪われた彼女自身こそ、この舞台に立ちたかったはず。 それを、葉月の推薦があったとはいえ後輩のめぐみに笑顔で挑戦権を譲り、あまつさえ自ら志願してセコンド役も引き受けてくれた。
めぐみは、そんな彼女にお礼を言っていない。
それは決して、彼女がクールだからとか、コミュニケーションが苦手だからとか、そんな理由ではなかった。
「この恩は……必ず……!」
チョークスラムを狙ったコーディの腕を取ってロープに飛ばし、戻ってきたところに片脚ジャンプから身体を捻っての鋭い錐揉み回転で、遠心力を乗せた右足を叩きつける──
「私が勝つことで返すって、決めたから!」
めぐみの得意技、フライングニールキックが、コーディを吹き飛ばす。
同じ技の使い手は多かれど、そのスピードと破壊力は、天性のバネと体幹を持つ彼女だけのもの。 それ故に、彼女はこう呼ばれるようになったのだ。
──“天才姫”、と。
「クゥッ……なるほど、大した技だ! だが、この程度で私が倒れるとは──」
「思ってないわ! だから……!」
フロントスープレックス、フェイスクラッシャー、不知火、そして──
「だからもう、あなたには何もさせない!」
怒涛にして華麗な連続技を締めくくる二発目のフライングニールキックが、コーディの鍛え抜かれた身体をマットに打ち倒した。 *4a
鮮やかな大逆転劇の幕は、17分49秒。
NJWPヘビー級のベルトは、挑戦者・武藤めぐみの手に渡ったのである。
「私は、この場所でもっと輝いてみせる!」
リング上では先輩の堀や親友の千種が次々と祝福の声をかけ、離れた場所では葉月が微かな笑みを浮かべて見守っている。
その中でめぐみは、さらに上を目指すという宣言とともに、手にしたばかりのチャンピオンベルトを片手で掲げたのだった。
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