「それじゃ行ってきます、祐希子さん。 千種、忘れ物ないわね?」
「もう、めぐみったらぁ。 私、そこまでそそっかしくないよ?」
「新女近くで初めて会った時、携帯をホテルに忘れて慌ててたのはどこの……」 *1b
「わーわーわーっ!! は、恥ずかしいこと思い出させないでよぉ!」
「はいはい、夫婦漫才はそこまでにしときなさい。 殴りこみは遊びじゃないんだからね。
くれぐれも、理沙子さんたち新女のみんなに失礼の無いように。
特にめぐみは、誰が相手になっても、ベルトをしっかり守って帰ってくること!
わかったわね?」
8月、元は新日本女子のベルトである NJWP王座を引っさげて、WRERAの武藤めぐみは結城千種とともに新女こと新日本女子への殴りこみへと向かった。 *2b
一言で「殴りこみ」と言っても、先方の招待や事前合意の上での参戦もあれば、興行前あるいは興行中にアポ無しで押しかけての参戦交渉まで、その形式は様々である。
今回のめぐみたちはアポ無しのケースだったが、新女にとっては自団体のベルトを取り返すチャンスとなることもあって、むしろ歓迎されるはずであった。
「それにしても、チャンピオン自ら殴りこみ、ですか。
普通は向こうから来るべきだと思うのですが……?」
「あはは、佐久間ちゃんは堅いというか、真面目よねぇ。
ま、新女とは縁も深いし、いろいろと借りもあるからね。
それにほら、あんたと瓜二つのパンサー理沙子さんも、もうお歳だもん。 東京から札幌まで来てもらうのは大変かなーって」
「……そう。 それはありがたい心遣いね、祐希子?」
「……へっ?」
目の前にいる後輩の佐久間理沙子と同じ声が、背後から聞こえてきた。
怒りを隠した微笑みが容易に想像できるその声に、祐希子は冷や汗を垂らしながらゆっくりと背後を振り返って──半ば予想通り、後輩と瓜二つの顔をそこに見いだした。
「り、り、理沙子さんっ!? ど、どうしていつもいきなり現れるんですかぁ!?」
「あら。 私は、二階の事務所を訪れる前に顔を出してるだけよ。
『若い』あなたたちの顔を見るのも、『年上』の私には楽しいし。
それとも、こういうのも『年寄り』の感覚なのかしらねぇ?」
「り、理沙子、さん……くび、首が絞ま……」
「あら、何かしら、祐希子。 最近耳が遠くって、よく聞こえないのよ?」
にっこり笑って人を斬る──この場合は胸倉を掴んで絞めあげる、新女の“女王”。
その鬼気迫る様相にタジタジになりながらも、佐久間は勇気を出して先輩に助け舟を出した。
「あ、あのっ……パンサー、さん。 それくらいにしないと、祐希子さんが……」
「あら、佐久間……いえ、理沙子さん……って、同姓同名だと、どうもやりにくいわね。
佐久間さん、でいいかしら。 お久しぶりね?」
ようやく解放されて咳き込む祐希子を顧みもせず、新女の理沙子は WRERAの佐久間に笑いかけた。 チャンピオン・カーニバルの際に、挨拶程度は済ませている。
「はい、お久しぶりです。 それで、本日はどういう御用なんでしょう。
また何か、大きなイベントでも開催されるんですか?」
「いえ、今日はごく普通の参戦交渉よ。 急な話だから、いわゆる殴り込み、ね」
「……え……?」
「もちろん最大の目的は、もともとウチの持ち物である NJWPヘビーのベルトです。
我が団体のエース、ソニックキャットを、現・王者の武藤さんに挑戦させてほしい。
興行直前に無理は承知だけど、そこを何とか……って、何を固まってるの、佐久間さん?」
「あのぉ……理沙子さん」
「あら、祐希子。 『若い』あなたが、何の用かしら?」
「それはもういいですからっ。 それより、今さっき行っちゃいましたよ、NJWP王者」
「行ったって……どこに?」
「新女です。 殴りこみに。 思いっきりすれ違っちゃいましたけど……どうします?」
結局。
意気込んで殴りこんだものの互いに肩透かしをくらった WRERAと新女の遠征チームは、
武藤めぐみが GWA所属のジャネット・クレアと NJWP防衛試合を、
ソニック&理沙子組が堀&越後組とアジアタッグ挑戦試合を行なうことで、
何とか折り合いをつけた。

試合はどちらも王者側の防衛に終わったが、これ以後、WRERAと新女の間では
「突然の殴りこみはやめて、事前に連絡を取り合うようにしよう」
という紳士協定が結ばれたということである。 *3b
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