「だーかーらー。 スキャンダルでピンチな今だからこそ、積極的な人気回復策が必要なんですってば。 ね、社長?」
「まあなぁ。 お前にしちゃ、随分マトモなアイデアだと思うぞ、富沢。 だが、何せ先立つもの、つまりはお金がな……」
「だーいじょーぶ! そっちについても団体に迷惑はかけませんってば。 全てはこの富沢レイにおまかせあれ!」
2月の WRERA最終戦は、鹿児島県営広場での興行。 *1B
スキャンダル後も見捨てなかったファンのおかげで 12,000席を札止めにできたこの日、第三試合では富沢レイと越後しのぶの対戦が組まれていた。
二人の対決は決して珍しいものではなかったが、この日は普段と大きく異なる点が一つだけあった。
後輩で格下の富沢が、今日に限って赤コーナー側にされていたことである。
「まったく、富沢め……いったい、社長に何を吹き込んだんだ?」
ぼやく越後が青コーナーから入場し終わると、音楽が富沢のテーマ曲に切り替わった。
いつものように、アニメ系コスプレ衣装での入場。
だが、ここにも普段とは大きく異なる点が一つ存在していた。
「ベ……ベルトだってぇ?」
富沢の腰には、燦然と輝くチャンピオンベルトが巻かれていたのである。
「お、おい、富沢っ! そのベルトは何だ!? どこから盗んできた!」
「やだなぁ、人聞きの悪い。 DIYですよ、DIY。 衣装作りで鍛えた腕をナメないでくださいな」
「DIY……お前の手作りってことか!?」
なるほど、よくよく見ると富沢が腰に巻いたベルトは、100円ショップやホームセンターで手に入るような安っぽい素材から出来ていることがわかる。
しかし、富沢の言うとおり、コスプレの衣装や小道具作りで鍛えた手腕は伊達ではない、ということなのだろう。 カクテルライトに照らされて輝くそのベルトは、遠目に眺める限り、かなり立派なものに見えなくもなかった。
「ふっふっふ。 天才たるこの私が考え出した、苦境の団体を救う起死回生の一手。
──それがこの『TTT王座』創設なのです!
ベルト制作費は、団体のお財布にも優しい 4650円!
制作期間はたった一日。 私こと富沢が徹夜で手作りしました!」 *2B
「富沢が、徹夜で、手作り……? ちょっと待て。 TTTって、まさか……」
「問答無用! この私の TTTベルト、獲れるものなら獲ってみてください!」
「いや待て、富沢っ。 そういうネタベルトだったらだな。
ダンボールで作るとか、むしろみすぼらしい方がウケが狙えるもんじゃないのか?」 *3B
「私は完コス志向なもんで……じゃなくて、ウケ狙いとかじゃなく本気なんですってば! さあ行きますよ、越後さん!」
── 9分16秒後。 ショルダータックルからの体固めで、あっけなく越後が勝利。
「ううっ……負けました、越後さん。 これが TTTベルトです。 あと、取り扱い説明書も」
「……説明書?」
倒れた富沢が震える手でベルトともども差し出した紙。
訝しがりながらも越後は、受け取ったそれに目を通した。
「第一条。 王者は入場の際、必ずコスプレすること……!?」
第二条、王者は勝利者インタビューでアニメや漫画の名言を使うこと。
第三条、王者は週に五本以上のアニメをチェックすること。
第四条、王者は 8月と12月の大イベントには当落に関わらず参加すること。
第五条──
書かれた条文は、実に十四箇条にも及んでいた。
「ふ、ふ、ふ……」
「越後さん?」
「ふざけるなぁぁぁっっっ!!」
怒りに燃えた越後が、手にしたベルトをうつ伏せの富沢の頭に叩きつけた。
普通のベルトなら流血の大惨事だが、所詮は手作りベルトだ。
コブだけ残して、ベルトの方が大破した。
「だ、第十四条……以上の条項を破った場合、ベルトは剥奪……王座は初代王者、または、彼女の指名する者の手に渡るとする……」
こうして、富沢レイはわずか数分で TTT王者に返り咲いたのだった。 *4B
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