WRERAに届いた一通の FAX。
それが二ヶ月にわたる夏の祭典の始まりだった。
「スレイヤーとの団体交流戦!? マジかよ、霧子さん! もちろんやるんだよな!」
「…………」
「……霧子さん? どーしたんだよ、固まっちゃって」
「あ、いえ。 何でもないのよ、来島さん。 ただちょっと、デジャヴを感じてね……」
三年前の秋に行なわれた、スレイヤー・レスリングとの団体対抗戦。 *1a
その時も、まずは来島がいち早く参戦の意を表明したはずだった。
確かその次は──と、社長秘書の霧子が記憶を探ったところで、ジムに集めた十一人の選手のうち、一人が律儀にも手を挙げた。
それが、引っ張り出したばかりの記憶と、ものの見事に一致する。
「……千里さんは、ルールが知りたいのかしら?」
「はい。 ただその前に、名称も気になりました。
三年前は“団体対抗戦”で、今度は“団体交流戦”。 どういう違いがあるのかと」
「さあ、それは……。 まだ FAXをもらっただけで、先方と話はしていないから。
ただ、ルールは少し違うわね。 前回は 5対5の選抜戦だったけれど、今回は 12対12。
つまり、こちらは選手全員での参加を要請されているの。 その点かしら」
「ぜ、全員参加!? ってゆーことは、私も出られるんですかぁ?」
キラキラと目を輝かせたのはじきにデビュー二周年を迎える小縞聡美だ。
昨年は新人が入らなかったこともあって、彼女がシングルで戦う顔ぶれはほとんど固定されてしまっている。
彼女にしてみれば、誰であろうと他団体の選手と戦えることは願っても無い話なのだ。
「あまり浮かれないほうがいいぞ、小縞」
小縞に冷たく釘を刺したのは、先輩の越後しのぶだった。
「全員参加を指定してくるなんて、どうも怪しい。 若手を潰そうとか全員亡き者にしようとか、向こうがそんな腹づもりだったらどうするんだ?」
「し、しのぶちゃん。 いくら団体の名前がスレイヤーだからって、そんなマフィアみたいなことはしないと思うにゃ」
越後の過激な発言に、アジアタッグ王座のパートナー、テディキャット堀がたしなめるように苦笑する。
しかし、越後も自説を曲げる気はないらしい。
「興行面では、前回のようなトップ数名の対戦で話題性充分のはずです。
それをわざわざ、互いの手間をかけてまでウチの全員とやりたいなんて。 *2a
それだけじゃありません。 前回、武藤が病院送りにされたことを忘れてませんか?
あれはライラって奴の暴走だったにしろ、同じことを組織ぐるみで仕掛けてくるかもしれませんよ?」
「組織ぐるみで仕掛けなんて……そんなお話は漫画の中だけよ、越後さん」
心配性なんだから、とでも言いたげに、霧子は微笑んだ。
スレイヤーにいる同姓同名の社長秘書とは違い、こちらの井上霧子は人が良い。
「ただ、無茶なカードを組まれないように私たちも気をつけて調整するわ。
対戦相手の希望があれば早めに言っておいてね。
もちろん、まだ承諾はしていないから、みんなが嫌だというならお断りもできます。
スレイヤーとの交流戦……やってもいいという人は、手を挙げてもらえる?」
越後を含め、ほとんどの選手が次々に手を挙げた。
埼玉の豪邸に帰って不在の市ヶ谷を除けば唯一、富沢レイだけは「面倒だから嫌」と顔に書いてあったが、他の十人が手を挙げたのを見ると、しぶしぶと自分も手を挙げた。
かくして、現時点での女子プロレス界の両雄、スレイヤー・レスリングと WRERAの全面対決、団体交流戦の開催が決まったのだった。
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