死闘。
あるいは、消耗戦。
あるいは、苛烈にて熾烈なる戦い。
眼前で繰り広げられている試合は、それらの形容がふさわしい一戦となっていた。
「はぁ、はぁ……まったくしつこいな、貴様という奴は……。
いい加減……無駄な足掻きは、もう諦めたらどうなんだ……っ?」
「冗談は……休み休み言ってほしいっスね……。
そっちこそ、勝てない試合にこれ以上意地になるのはやめた方がいいっスよ……っ?」
試合には流れというものがある。
そして、収まるべき決着のつきどころというものも、また。
それらを知る玄人肌の観客たちにとって、この戦い──真田美幸 VS 越後しのぶのアジアヘビー王座選手権試合は、25分を経過した辺りで既に試合終了の四文字が顔を出してしかるべき試合だった。
その流れのまま決着がつかなければ、それがどんな試合でも、最初は冗長さに呆れられ、次にブーイングが飛ぶ。
この試合でも、そうだった。
大きく展開が分かれるのは、その後だ。
ダラダラと続くだけの凡戦ならば、押し黙った中で思い出したように野次が飛ぶ。
この試合でも、観客はもう押し黙っていた。
しかし、ただの一つも野次が飛ぶことはない。
観客が皆、二人の次の動きを、固唾を飲んで見守っているために。
──レフェリーがちらりと時計に目をやる。
その時計は、ゴングからもう 40分近くが過ぎ去っているという彼の感覚が、ほぼ正しいことを証明してくれた。
「体力が無くなれば……あとは気力っ! それなら自分は、誰にも負けないっスっ!!」
振り絞った真田の叫びに慌てて目を戻したレフェリーの目の前で、真田は越後をジャーマンの体制に捕らえていた。
この試合一発目のジャーマンは、越後がロープブレイク。
今度こそ決めてみせる──歯を食いしばった真田が、笑いつつある膝を心中で叱咤して越後を持ち上げていくが……。
「ふざけるなっ! この私が気力勝負で遅れを取るものかぁっ!」
越後の回転エビ固めが強引気味にジャーマンを潰し、真田の肩をマットに押さえ込む。
カウントは──2.9。
もうこの試合で双方何度目かわからないニアフォールでは、観客から脱力か安堵の吐息しか引き出すことはできない。
それを知ってか、越後も真田も、鉛のような身体に自ら鞭を打って前に出た。
絶叫とともに、試合序盤に見せるようなロックアップで激突する。
「次で決めてやる! 受け切れるものなら受けてみろ!」
「それはこっちのセリフだあっ! どっちの根性が上か、教えてやるっスよぉっ!」
互いに掛け合ったアルゼンチンバックブリーカーも双方耐え切り、真田のフェイスクラッシャーも2.9、越後の裏拳も2.9。 さらに真田の逆さ押さえこみも2.9、越後のショルダータックルも2.9。
息も絶え絶え、体力はもはやマイナスの二人が、それでもカウントには肩を上げ、ブリッジで返し、何度も何度も起き上がる。 *1b
真田渾身の卍固め、さらにはノーザンライトボムまでも越後がロープを掴んでブレイクを勝ち取った時、観客はついに押し黙っていることをやめた。
最初は小さく、しかし徐々に大きく、拍手の音が会場を波のように渡っていく。
「これに応えられないなら……女がすたるっ!」
ついに越後が伝家の宝刀を抜いた。
鉈の切れ味、延髄斬りが真田の後頭部を斬り裂き、身体をかぶせる越後に勝利の確信を抱かせる。
カウントが入り、ついに 3つめ──その直前に、真田が越後を跳ね飛ばした。
「見たかぁぁっ、真田の意地!
あんたの技、受けきってやったっスよぉ!!」
斬馬迅──。
越後が鉈の切れ味なら、こちらは重厚なる大太刀。
無尽蔵にも思えた越後の気力すらも打ち砕く真田最強の技が、長かったこの試合についに終止符を打ったのである。
41分50秒間の、まさに大熱戦。 *2b
11月のスレイヤー巡業で行なわれたアジアヘビー王座選手権は、死闘を制した王者・真田が六度目の防衛を果たしたのだった。 *3b
「熱い試合、感謝するっス!
また今度、同じような……いや、もっともっと、燃え尽きるほど熱い試合をやろうっス!」
「ふんっ。 はっきり言って、もう一回同じは御免だな。
これだけ疲れて手ぶらじゃ、割に合わん。
今度は私がベルトを奪って帰るから、覚悟しておけよっ!」
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