「よおっし! このボンバー来島、久々のベルト獲得だぜ!」
1月。 *1a
スレイヤー王座奪還を目論むサンダー龍子とともに WRERAに殴りこんだフレイア鏡だったが、『新年初タイトルマッチ』として組まれた GWA王座戦でまさかの敗北。
WRERAのボンバー来島にベルトを奪われることとなった。
さらに同月、スレイヤーの選手が WRERAの王者に挑んだタイトルマッチ、即ち、
アジアタッグ王座戦: | 堀&越後組 VS 真田&桜崎組 |
GWAジュニア王座戦: | テディキャット堀 VS メロディ小鳩 |
IWWFヘビー級王座戦: | 桜井千里 VS フレイア鏡 |
スレイヤー無差別級王座戦: | 武藤めぐみ VS サンダー龍子 |
の四試合全てが、挑戦者側の敗北に終わったのである。
「『これを以って両団体間の序列付けが済んだと見なす向きもある』……か。
まったく、言いたいこと言ってくれるわよね。 ブッコロすわよ、ほんとに」
先月購入したばかりの携帯端末を指先で叩いてブラウザを閉じると、メイデン桜崎はしかし、むくれた表情を悩ましげなそれに変えた。
「……とは言うものの、的外れでもないのかな。
去年の交流戦は惨敗。 しかもウチは緊縮財政だのなんだので、ベテランへの風当たりも強くなってるし。
RIKKAさんも引退しちゃって、戦力落ちてるのは確かだものね……」 *2a
「むむむ? どうしたのですか、桜崎先輩?」
コーチ役も務める先輩の愁眉に気づいたのだろう。
小股の早歩きで近寄ってきたのは、入団以来ずっと桜崎が面倒を見ている、ウィッチ美沙だった。
「暗い顔してどうしたのです? ため息ついてちゃダメなのですっ。
美沙の魔法が、ため息つくと幸せが逃げるって言ってるのですよ!」
それは魔法じゃなくて俗説でしょっ。
──と心の中で呟きながら、桜崎は美沙に微笑みを返した。
その表情だけ見れば、まさに忠実にして慈愛溢れるメイドの鑑だ。
「みっともないところをお見せして申し訳ありませんわ、お嬢様。
交流戦以来目立ってきた WRERAとの差、特に今月のタイトルマッチ戦績を目の当たりにして、この桜崎なりに団体の将来を憂いておりまして」
「WRERAとの差……タイトルマッチなのですか? 小鳩先輩は防衛成功してるのですよ?」
確かに小鳩が王者として WRERAの堀と戦った WWCAジュニア王座戦は、小鳩が十六度目の防衛を果たしている。だが、
「その小鳩お嬢様も、GWAジュニア王座戦では同じ堀さんに敗れてしまっております。
それでもジュニア戦線はまだ互角と言えるでしょうけれど……」
ヘビー級戦線では、深刻なことにベルトの流出が相次いでいる。
今月の GWA王座だけならいざ知らず、団体創設ベルトである NA世界タッグ王座、さらには“8月の政変”などと称された龍子まさかの敗北により、団体最高位王座・スレイヤー無差別級ベルトまでもが WRERAへと流出済み。 *3a
しかも、いずれも奪還に失敗しているとあっては、「スレイヤーの選手層は WRERAに劣る」と言われても反論しにくい状況だった。
「……うぅ、言われてみると確かに旗色が悪いのです。
ウチの団体はただいま不景気真っ盛りなのですね」
「あん? テメェら、なーに辛気臭え顔してやがんだぁっ?」
ガラは悪いが景気は良さそうな声で二人に割り込んできたのは、言わずと知れた団体最高の直球型問題児、ライラ神威である。
「今月のタイトルマッチ戦績がどうの、旗色がどうのって聞こえてきたがよ。
テメェら、大事なことを忘れてんじゃねぇのか?
この私が今月奪ったばかりの EWA世界タッグベルト。 こいつのことをよぉ!」
そう言ってライラが掲げたベルトは、確かに EWA世界タッグ王座の物に相違なかった。
今月の最終戦、後輩のケルベロス小鳥遊とのヒールタッグを組んだライラが、ワールド女子の十六夜美響&柳生美冬組から奪ったベルトである。
そのベルトを、どうして今、ジムの中で持ち歩いているのよ?
──と問いただしたい衝動にかられた桜崎だったが、先に別のツッコミを入れたのは美沙だった。
「ライラ先輩は話の流れをわかってないのです。
ていうか空気読んでくださいなのです。
WRERA相手の話をしてるのであって、それ以外の相手との勝ち負けは全部テーマ外れで意味無いのですよ?」
「なっ! て、テメェっ!?」
「大体なのです。 元はと言えば、交流戦の大敗が出発点なのですよ。 *4a
その大敗の出発点、連敗スタートは他でもないライラ先輩の試合だったりするのです。
桜崎先輩の勝利や、美沙の引き分けを無にしたのは誰か、自覚して反省して責任取って欲しいくらいなので──ふぎゃんっ!」
当然といえば当然の代償、自然といえば自然の帰結として、美沙はライラに殴られた。
どうやら、こういう危機に際して彼女の魔法は発動してくれないらしい。
悲鳴を上げて逃げる美沙と、それを無言で追うライラの鬼ごっこがジムを三周したところで、
「WRERAと差がつくのも……わかる気がいたしますわ。 お嬢様がた……」
桜崎は特大のため息をついた。
幸せがどれだけ逃げようが、とりあえずは知ったことではない気分だった。 *5a
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