「ベルトや団体を守る……そんな気構えで戦うつもりはありません。
だからといって、挑戦者のつもりで戦うわけでもありません。
ただ、目の前に立ち塞がる敵を倒すのみ──私にできるのは、それだけです」
IWWF王座戦、桜井千里 VS サンダー龍子。
両者の直接対決は、二年前にただ一度きり。
祐希子の NA王座を狙って現れた龍子の前に、千里は成す術なく葬り去られている。
今の状況は、その時と酷似していた。
だが、千里もその時の千里のままではない。
「この二年間の成果、出し切ってみせる!」
仕掛けたのは千里の方だった。
ロックアップから離れたところで早くも必殺のハイキックをノーモーションから打ち放ち、大きくよろめく龍子に、エルボーから投げへと繋ぐコンビネーションまで決めきった。
「こんなものですか? サンダー龍子という選手の力は!?」
「挑発かい? そういうのには乗ってやることにしてるんでね。
──私がどんなもんか、見せてやるよ!」
二年前よりも強くなっているのは、サンダー龍子も同じだった。
火花が散るようなヘッドバットから、持ち上げてのストレッチマフラー。
そして伝家の宝刀・プラズマサンダーボムが、千里が肺に溜めた空気を根こそぎ吐き出させた。
「どうした! あんたの方こそ、こんなもんか!?」
「その答えは……結果で示します!」
正面からぶつかり合う二人の攻防は、文字通りの一進一退。
張り詰めた均衡をどちらが破るのか、固唾を呑んで待ち構える観客たち。
その瞬間は、いきなりやってきた。
「雷神の鉄槌を──食らうがいい!」
山札から二枚目の切り札を引いたのは、龍子。
再びリングを荒れ狂うプラズマサンダーボムの雷は、カウント2.8まで千里の肩をつけるにとどまったが、さらに龍子はグラウンドのまま千里のバックを取った。
ドラゴンカベルナリア。
あの市ヶ谷と来島を続けて屈辱に塗れさせた脱出困難な関節の妙技に千里を捕らえ、龍子は勝ちを確信した。
──すぐさまレフェリーから、ロープブレイクの声がかかるまでは。
「なにっ!?」
それはまさに千慮の一失。
プラズマサンダーボムを受けてからカベルナリアに絡め取られるまでのわずかな間に、千里は巧みに位置をずらしてロープ際へと龍子を誘導していた。
そのことに龍子は気付けなかったのだ。 *1b
「勝負を焦りすぎましたね、サンダー龍子!」
ショックを引きずったまま立ち上がる龍子のボディを、千里渾身のミドルキックの衝撃が続けざまに二発突き抜ける。
さらに、のめった身体に打ち放たれるハイキック──それが、千里に勝利をもたらす最後のピースとなった。

「この団体、ここには、私より強い人がいる。 ……だから、私はあなたに勝てたんです」
IWWF世界ヘビー級選手権は、22分45秒、王者・桜井千里が六度目の防衛。
会場中の拍手と喝采が千里に集まる中、この日の興行は WRERAにとっての大団円で終わりを迎えようとしていたのだが……。
「オーッホッホッホ! あなたよりも強い人、それは私のことですわね? 千里さんっ!」 *2b
《──い、市ヶ谷だ! ビューティ市ヶ谷です!
自分勝手にサンダー龍子に挑んで返り討ちにあい、ショックで失踪していた市ヶ谷!
今月のこの混乱を引き起こした張本人が、臆面も無くその姿を会場に現しましたぁっ!》
「……な、なんですの、その解説はっ!?
ちょっとそこのアナウンサー! ふざけたことをおっしゃると承知しませんわよ!」
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