(…………あれ? 鳥の声が……聞こえる……)
小鳥のさえずりに導かれ、武藤めぐみはぼんやりとまぶたを開く。
その目に映ったのは、記憶のどこにも無い、真っ白な天井だった。
「あ……、めぐみ!」
「千種? どうして、ここへ……?」
歓喜と気遣いが等しく入り混じる声を発した親友は、スレイヤーの興行には参加していないはずだった。
めぐみは訝しげに身を起こして──その身体に、鋭い痛みが走った。
「!!」
忌まわしい記憶が、火花のように蘇る。
病院のベッドの上で苦痛に歪んだ顔が、最悪の事態まで想像して、血の気を失った。
──恐る恐る、手と脚を順番に動かしてみる。指の先まで。
続いて、首、肩、腰。
痛みはあるが全て問題無く動くことを確かめ終えて、めぐみはようやく安堵の息をついた。
「外れた骨も綺麗に入ったみたい。 クセになることも無いだろうって、先生が言ってたよ」
「千種……」
「出血の割には傷も深くないから、傷も残らないって。 すっごく心配したんだよ? えっと、それから──」
「千種っ!!」
「わっ!?」
枕元で簡素な椅子に座っていた千種に、めぐみが抱きついた。
いきなりのことに身体を硬直させ、手だけバタバタと振って、千種が慌てる。
「だ、ダメだって、めぐみ! ここ、病院だから! それにケガも!」
「……千種……」
「…………めぐみ?」
千種は、気付いた。
自分の背に回された手の、微かな震えに。
自分の肩に伏せられた顔から届く、微かな嗚咽に。
「めぐみ、痛いの? ……怖いの?」
「……違う……私、くやしいよ……千種……」
「めぐみ……」
「あんな簡単に負けて、その後も、何もできなくて、やりたい放題されて……怖くて、震えてて……くやしいよぉ……」
──千種は、自分の手もめぐみの背に回した。
そのまま目を閉じて、時の流れに身をまかせる。
ただ、互いの体温と、胸の鼓動だけを感じて。
いつしか、窓から差す光が、白から茜色へと変わって──
「……千種」
「めぐみ?」
千種は、目を開いた。
めぐみの姿勢は、目を閉じた時から変わってはいない。
ただ、自分の背に触れたままの彼女の手は、もう震えてはいなかった。
「……強く、なろうね……!」
強くなりたい、ではない。 強くなる、でもない。
それは、めぐみが千種に差し出した、目に見えることのない手のひらだった。
「……うん! なろうね、絶対!」
千種はその手を、しっかりと強く、握り返した。 *1E
|