日々、過酷な移動と試合、そして営業活動と練習に明け暮れる女子プロレスラー。
そんな彼女たちにとって、たまの完全オフ、つまり休養日はかけがえのないもの。
前日ともなれば、明日の予定に思いを巡らせたり、気の合った仲間を誘ったりする姿が見られるのは、半ば当たり前のことであった。
「ねえねえ、めぐみぃ。 明日のオフだけど…… 買い物に付き合ってくれる話、忘れてないよね?」
「心配しなくても、覚えてるって。 千種ってば、服の合わせがいあるから、私も楽しいしね」
9月最後のオフ日を前に、WRERAのジムでは若手の武藤めぐみと結城千種が、二人して明日の買い物話に花を咲かせていた。 *1b
それ自体は何ら特別な事でも無かったが、そんな二人を少し特別な目で見つめる一人の先輩選手が WRERAには存在していたのである。
「来島さん、あの二人……武藤と結城ですけど、なーんか怪しくないですか?」
「ん? 怪しいって何がだよ、富沢?」
「仲が良すぎるってことです。 あれはもう、あっちの方へ行っちゃってるんじゃないですかね」
「はあ? あっちがどっちか知らねーけど、休みに連れ立って遊びに行くなんて普通だろ? 俺だって、祐希子とメシ食ったりドームに野球見に行ったりしてるぜ?」 *2b
「そういうんじゃなくてぇ。 あの二人見てると身体的接触が多いんですよっ」
「何だそれ?」
「要は、ベタベタイチャイチャしてるってことです。 ひょっとして……いえ、もう私的には確定です! 武藤と結城は間違いなく……!」
「……あの、富沢さん。 そういう話は、あまり大声では……」
力説し始めた富沢を見かねて声をかけたのは、早くも団体の良心などと呼ばれつつある良識派の新人、“もう一人の理沙子”こと、佐久間理沙子だった。
「あら、佐久間じゃない。 ちょーどいいわ、あなた明日付き合ってくれる? 一緒に、あの二人を尾行するのよ!」
「び、尾行? な、何を考えてるんですか、富沢さん!?」
「どうにも不健全な匂いがするのよ。 二人の後輩が誤った道に進むのを止めたげるのは、先輩の義務ですからね!」
「……義務の割には、妙に楽しそうだな、富沢」
翌日。
予定通り、めぐみと千種は札幌の街に繰り出した。
その後ろを離れて付きまとう、三つの影には気付くことなく。
「いくらなんでも、本当に尾行するとは思いませんでした……しかも、来島さんまで」
「ご、誤解すんじゃねーぞ、佐久間! 俺は、あの二人と、あとはお前らが変なことに巻き込まれやしないか、心配でだなっ」
「あー! ほらほら、二人ともっ。 武藤と結城、手をつないでますよ! うわー、羨まし……じゃなくって、女の子同士で不健全な!」
「いえ……あれは人ごみが苦手な千種さんの手を、めぐみさんが引いてあげてるだけでは……」
ため息まじりに冷静な意見を述べた佐久間が、何とはなしに辺りを見回し──その視線が一点で固まった。
「き、来島さん、富沢さん! あ、あれって……?」
「い、市ヶ谷!? それに小縞も……!?
お、おい、お前ら! サングラスとマスクして、何を怪しいことやってんだ!?」
「あ、来島さーん、助けてくださぁいっ。
市ヶ谷さんが無理矢理、私を……!」
「人聞きの悪いことを言うんじゃありませんわ、小娘! この前、『あの二人ってそういう関係なんですかぁ』だの、『どっちが攻めですかねぇ』だのと訊いてきたのはあなたじゃありませんの! 私はただ、後輩を正しい道に導いてあげねばという責務に駆られただけですわ!」
「……富沢さんと同じようなこと言ってますね……」
「ま、市ヶ谷の奴がそこまで後輩思いなわきゃないからな……面白がってるだけだろ」
結局、WRERAのレスラー二人を、WRERAのレスラー五人がこそこそ見張るという、おかしな構図が街角で展開されることになったのだが……
「ほら、めぐみ! この服、可愛いよねー。 着るのはちょっと勇気要るけど……」
「そうねぇ。 これじゃ、まるでコスプレよ。 そんなの着て街を歩けるの、富沢さん級の○○○ぐらいね」
「あっちにトレーニングウェアもあるね。 へぇ、ダンベルとかも置いてあるんだぁ」
「オフなんだから、そういうのはパスパス。 休みの日くらいトレーニングのこと忘れないと、来島さんみたいな○○○になっちゃうわよ」
「あー、見て見てめぐみ! この衣装、凄い! 昔のなんとか文明の女王様みたいだよ。 しかも試着可能! 着てみたりしない?」
「へえ……って、これ、バカンスの時に市ヶ谷さんが着てた衣装そっくりじゃない。 こんなバカみたいな服、実際に着れますかって。 ○○○な市ヶ谷さんじゃあるまいし」
…………。
「……佐久間さーん。 なんか他の先輩方、押し黙っちゃいましたけど……」
「あれは、黙ってるんじゃなくて、怒りに震えてるのよ、小縞さん……」
今度も冷静に現状を分析した佐久間は、大きなため息をついた。
「結局、手をつなぐくらいには仲が良いってだけなんですね〜、残念。 すすきのやホテル通りに行ったりしないか、楽しみだったんですけど〜」
「……小縞さんも、いい加減になさいね。 それにしても、泰山鳴動して鼠一匹とは、まさにこのことだけど……」
鼠一匹どころか、その一匹も出てきてはいない。
買い物袋を両手に提げ、笑顔で寮への帰途につこうとするめぐみと千種を目の端にとらえて、佐久間は自分たちの撤収も宣言しようとし──その視線が再び一点で固まった。
「こ、小縞さん……あれ……」
「えっ、どうしたんですか? 佐久間さん?」
小縞が佐久間の視線を追い──こちらも、同じ点で固まった。
めぐみと千種がその前を通り過ぎた、こじゃれた喫茶店。
その大きなウィンドウの向こう。
幸せそう、あるいは、仲睦まじい、という表現がぴったりくる笑顔のカップルがコーヒーを前に笑顔で談笑している光景は、別段と目を引くものでもなかった。
その片方が、知り合いでなければ。
「ほ、堀先輩!?」
「む、向かいの人、あれはもう間違いなく彼氏ですよね!? 私、団体内に彼氏持ちの人はいないって聞いてたのに……!」
普段は見せないような化粧と服装で、目の前の男性と談笑している女性。
それは間違いなく彼女たちの先輩にして選手寮の寮長、テディキャット堀こと堀咲恵だったのである。 *3b
「泰山鳴動して……猫が一匹……?」
佐久間は、自分の呟きをどこか遠くに聞いていた。
そんな彼女の袖を、後輩の小縞が引っ張る。
「どうします、佐久間さん? あの二人の後も……尾けますか?」
「それはやめましょう……洒落にならないから……」
──以下は、後ほど佐久間と小縞から事の顛末を聞いたマイティ祐希子さん(この休日はカレー尽くし)のコメント。
「彼氏ぃ? 別におかしな話じゃないでしょ? *4b
寮長、昔っから結婚願望ありまくりで、夢は旦那とネコがいる幸せな家庭なんだから。
──それにしてもねぇ。 市ヶ谷や富沢だけならともかく、恵理やあんたたちまでって……。
みんな、せっかくの休み潰して、なーにやってんのよ?」
|