2月。マイティ祐希子らを新女に参戦させた WRERAは、自団体の興行における呼び物として二つのタイトル戦を用意した。
一つは、テディキャット堀と村上千秋による、AAC世界ジュニア王座戦。
奇しくも、姉の千春がメロディ小鳩に挑んだ WWCA世界ジュニア王座戦と同日に行なわれた試合は、さすがにこの四年間ジュニア戦線を支えてきた堀が、貫禄の勝利。
実に十四度目となる防衛を果たした。 *1A
そして、もう一つ。
「──どうかな、千里。 この話、受ける気あるかい?」
「もちろんです、葉月さん。なめられたにしろ、見込まれたにしろ……王者のご指名、よろこんでお受けする、と。そう伝えてください」
桜井千里が、怒りにも似た静かな闘志とともに挑むのは、クリス・モーガンの持つ IWWF世界ヘビー級王座。 *2A
四ヶ月前にボンバー来島に敗れて TWWA王座を失ったモーガンだったが、彼女にとってそれは結局「他団体のベルト」。
一方の IWWF王座は、所属団体の IWWFはもちろん、数年という長きに渡りこのベルトを守り続けてきたモーガンにとっても、決して失ってはならないベルトだった。 *3A
だからこそ WRERAも、挑戦者の指名全権をモーガン側に委ねたのだが、交渉に赴いた社長や霧子、そして選手代表の六角葉月の誰もが予想しなかったことに、モーガンは即答で挑戦者の名前を挙げたのだった。
「チサト・サクライ」という名を。
「うぐぅっ!」
「こんなもの? まだ本気を出しては……いないのよ!」
序盤から続いた、遠慮会釈のかけらも無いパワーファイト。 *4A
それで千里は、モーガンが決して自分を侮っていないことを知った。
だが、それを知ったからといって、どうなるものでもない。
相手の意識や評価など関係ない。ただ力こそが全て──それが、千里が選んだ世界、リング上でのルールなのだ。
(そうだ。だからこそ、私は──)
モーガンの膝が、半ばグロッキー状態の千里の腹部を打ち抜く。
その手応えに、獲物を見つめる王者の氷の微笑が──凍りついた。
ぎりぎりのところで膝を受け止めた、千里の両腕に。
「私は……自分の力を信じる!」
突き放し、たたらを踏んだモーガンの間合いに入り込んでのミドルキック。すかさず抱えて DDT。
ようやく上がった反撃の狼煙に観客からは歓声が飛び、その千里の猛攻を真っ向から受けて反撃を繰り出す王者の姿を目にすると、歓声は大歓声に変わった。 *5A
「立ちはだかる者は倒すのみ!」
凄まじい攻防の中、千里渾身のハイキックが、ついにモーガンを捉える。
よろめくモーガンの姿に勝負を賭けようとしたその直後、千里は己の過ちに気付いた。
がっちりと掴まれた全身がロープに振られ、芸術的なタイミングで放たれたのは、王者必殺のパワースラム。
そして、千里の起き上がりを狙って力が溜められる、神の右腕。
「これで終わりよ、チサト! 私は、ベルトを……守る!!」
(……守る……? 何を……?)
迫り来る“神の一撃”ポセイドンボンバーを前に、千里の脳裏を様々なものが駆け巡った。
前回の死闘、今まで戦ってきた相手、練習の日々、社長、霧子、団体の仲間たち。
そして、いつかの祐希子の言葉が。
(──桜井ちゃんには、本当に守るもの、無いの?)
「私に……」
自分の動きを、千里はどこまで意識していたのか。
前に倒れこむようにして間一髪かわした豪腕の下に潜り、身体を反らせて放ったのはエクスプロイダー。 まさにそれはカウンターの至芸。
それでも何とか身を起こすモーガンに、千里はついに最後のカードを切った。
「──私に、守るものなんて、無い!」
稲妻とも見紛う蹴撃が、鍛え抜かれた王者の身体を蹂躙した。
決着はコンビネーションキック──25分50秒、IWWF世界ヘビー級新王者、誕生。 *6A
「私を見くびってもらっては……困ります」
モーガンは自分を見くびったわけではなかった。
むしろ反対に──
そうと知りつつ、千里はそれ以上の言葉をモーガンに告げることなく、ただ頭上にベルトを掲げたのだった。
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