5月のスレイヤー・レスリング最終戦。
文句なしに注目のメインイベントは、王者・サンダー龍子に GWA王者・フレイア鏡が挑むスレイヤー無差別級王座戦だった。 *1b
しかしそれは、他の試合がつまらないことを意味するわけではない。
特に、セミファイナルのアジアヘビー級王座戦、真田美幸 VS ライラ神威戦は、実力は均衡、性格は正反対、しかし共に感情にまかせるタイプ、と言っていい二人の対決であることから、メインを食う試合になるかもしれないと期待する向きも多かった。
しかも、第五戦でのちょっとした出来事から、ライラは真田の怒りを買っていたのである。
「この前の試合……タッグ戦で、桜崎先輩と斉藤さんに場外乱闘で流血させてたっスね。 勝負は、お前と鏡先輩の勝ちが完全に見えてたはず。
それを……何であんな無茶したっスか、お前は!」
「ああっ? 何をワケわかんねぇこと言ってんだ、真田先輩。
私は最後まで手を抜かずに試合しただけだぜ?
あんたの愛しいメイド先輩が血を流したからって、んなムキになるこたぁないだろ?」
「桜崎先輩だけじゃないっス!
新女があんなことになって、フリーで頑張ってる斉藤さんにまであんな……。
そうでなくても、斉藤さんは初めてメイン戦で自分と戦ってくれた相手!
尊敬する先輩二人に無茶されて許せるほど、自分は人間が大きくないっスよ!」 *2b
「初めての相手って……ひゃははは、乙女かよ! 何年前の思い出引きずってんだ?
ま、思い出なら私も一つ引きずってるから、人のこたぁ言えねえがよ。
あれは三年ほど前──あんたを真っ赤な血の海に沈めてやるって話だったなぁっ!」 *3b
突如、ライラが牙を剥いた。
踊りかかるライラをしかし真田は予期していたのか、動じることなく真っ向から迎え撃つ。
遅れてゴングが鳴った時には、既にリング中央で派手などつきあいが展開されていた。
「一気に決めるっス!」
「焦るんじゃねぇ! たっぷり地獄を見せてやるよ!」
攻撃型の二人がノーガードでぶつかりあえば、こうなるのだろう。
斬馬迅に地獄落とし、威力には定評のある大技までも序盤から惜しみなく繰り出して、互いの身体の耐久力をガリガリと音でも聞こえてきそうな勢いで削っていく。
まさに一進一退のどつきあい、意地どころか命まで賭けた大喧嘩だった。
「命の取り合いなら、私の方が強ぇだろうよ!」
ライラのブレーンバスター、オリジナルに近い危険な投げ方のそれが、真田の意識を飛ばした。 そのまま担ぎ上げられ成す術なく食らってしまうのは、本日二発目の地獄落とし。
《ライラ神威、そのまま押さえ込む! ワン! ツー! ス……真田返したぁ! 2.8ぃ!》
寸前まで入ったカウントに、真田を応援するファンからは悲鳴と安堵と声援が乱れ飛ぶ。
だが、フォール体勢で時間を使ったことは、真田の意識をはっきりと引き戻していた。
「よくもやってくれたっスね! 倍にして返すっス!」
これで終わりと攻めに来たライラの意識と、彼女に傾いた試合の流れ。
どちらも断ち切るカウンターのトラースキック。
ぐらついたライラをもう一発、逆足のトラースキックで倒した時、勝敗はほぼ決したのだろう。
直後のジャーマンこそ、丸め込まれて冷や汗のカウント2.8を聞くことになるが、続く真田の斬馬迅を耐えるだけの余力は、ライラにももう残っていなかった。
「しっかり反省! 心を入れ換えて、出直してくるっスよ!」
血の海に沈めて勝つどころか、血の一滴も流させずの敗北。
説教に近い真田の勝利宣言にも、歯ぎしりするのみで言葉を返せないライラだった。 *4b
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