「社長さぁ。 私ゃに、なんかミョーな気を遣ってないかい?」
WRERAは、制定した世界無差別級王座──非認定制(Non-Authorized)から、NA王座と呼ばれることになる──初代王者決定戦のカードを、六角葉月 VS マイティ祐希子に決定。 *7
ともに現在はシングル無冠だが、その実力に疑いの余地は無い二人。
実力主義を謳うベルトを巡る初戦に相応しいカードだったが、その決定に、当事者である葉月自身が異を唱えたのである。
「そりゃあね。 いきなり他団体の奴ら──龍子やカオスやモーガンってのも、どーかと思うよ。 いくら実力第一だからって、最初っくらいは作ったトコで持つ権利、あるだろうし。だろ?」
「……まあ、そういうことだ」
「でもさ、今はもう、祐希子と市ヶ谷お嬢が、団体の双璧。名実ともに適任っしょ? 私ゃみたいな、こんなロートルに今さら──」
「ロートルなんて言うな!!」 *8
自分の何気ない言葉で声を荒げた社長に、葉月は呆気に取られたように目を見開いた。 続いて、肩をすくめて失笑する。
「謝った方がいいかい、社長?」
「……いや。どなったりして、悪かった。 だがな、お前に気を遣ってるわけじゃない。 市ヶ谷には悪いが、最初だからこそ、他団体認定の世界ベルトを持っている選手に、このベルトを競わせたくないんだよ。 妙な色に染めたくないからな。 そうなると、今の祐希子に勝てるとすれば──六角、それはただ一人、お前だけなんだ」
「お褒めにあずかり、光栄です。 ボス」
「茶化すなよ。 とにかく、もう決めたことだ。 さっき市ヶ谷も来て、散々文句言われたが、それでも突っぱねたんだからな」
「へいへい」
再び肩をすくめ、降参のように両手を挙げてみせた葉月は、そのままで事務所を退出しようとした。そこを、社長に呼び止められる。
「? なんだい?」
「六角。……さっき、お前に気を遣ってないと言ったが……あれは、少しだけ嘘だ」
「へ?」
「お前のためじゃなくて、あくまでこっちのエゴだがな。 ──見てみたいんだよ。 お前が、六角葉月が、シングル王者になった姿を……な」 *9
「祐希子の姿よりも、かい?」
「……団体の社長として、微妙に返事に困ることを言うなよ」
「はは。そいつは、悪かったね」
葉月はもう一度肩をすくめて──それから今度こそ、事務所を後にした。
そして。
葉月と祐希子の NA王者決定戦は、7月のWRERA最終戦メインイベントとして組まれることになった。
会場はもちろん超満員。
WRERAを支える新旧エースの対決に、観客は二分してそれぞれに熱い声援を送った。
「いやぁ、すごい応援だ。こりゃ、期待にこたえなきゃね。てなわけで、今日は遠慮してくんないかな、祐希子?」
「えへへ、それはできませんよ、葉月さん。『初代王者』になれるチャンスなんて滅多に無いですもん。 こればっかりは先輩にだって譲れませんって!」
ゴングが鳴る。
序盤は完全に祐希子が支配した。
ロープを駆使したハイスピードな攻防に葉月を引きずり込み、葉月の好む落ち着いた展開に持ち込ませず、ペースを握り続ける。
「こりゃあ……キツイねっ!」
祐希子得意のJOサイクロンまでも飛び出し、葉月の頭上に早くも黄信号がともる。
だが、この程度で終わるような選手なら、“WRERAの用心棒”などと呼ばれはしない。
「あんまし調子に乗ると、痛い目見るってさ!」
祐希子とてスピード勝負は永遠に続けられない。足が止まったその時を、葉月のデスバレーボムが捕らえた。しかも連続で二発。
たまらず肺の空気を全部吐き出した祐希子に、今度は葉月得意の関節技地獄が、容赦なく待ちうけていた。
葉月のベルト奪取まで、あと少し。 観客たちの踏み鳴らす足の音も勢いを増す。
「さすが、は……葉月、さん……でもっ!」
今のマイティ祐希子もまた、この程度で終わる選手ではなかった。
序盤のダメージが効いたか、あと少しのところで祐希子を仕留めきれなかった葉月に対し、ここを先途と次々に技を繰り出していく。
フェイスクラッシャー、DDT、ヘッドシザースホイップ、そして──
「あたしは、なるんだ! 世界のトップに!」
祐希子がリングに生み出したオーロラの光──ノーザンライト。
葉月は、思わずそれに見惚れてしまったのかもしれない。
「ははっ……やっぱ大したもんだよ、祐希子。 こりゃあ、これからの挑戦者も苦労するね。きっと……」

──14分32秒、ノーザンライトスープレックス。
怒濤の如きハイペースな試合を制して NA王座初代チャンピオンに輝いたのは、“炎の戦士”マイティ祐希子その人であった。 *10
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