WRERA 7月最終戦の“叛乱劇”から数日。
祐希子たちとの馴れ合いを避けるためにと、生活時間をずらすなどの工夫をしていた武藤めぐみと結城千種は、ジムでもいささか寂しい人数での練習を続けていた。
しかし、8月に入ったばかりのある日のこと── *a1
「あら。 遅いじゃない、二人とも。 もう練習始めてるわよ」
「レ、レイさん!? いったいここで何を!?」
「何をって……いくらなんでも失礼ねえ、結城。
ジムでやるのは練習に決まってるでしょ」
「そ、そんな。 まさか、富沢さんが自主的に練習を……!?」
「ちょっと、武藤。 そこはそんなに驚くとこじゃないってっ。
私だって、たまには真面目に練習することだってあるわよ。
ま、あの子たちの手前、てのもあるんだけどさ」
富沢が顔を向けると、ちょうどタイミングを計ったかのように更衣室のドアが開き、中から二つのトレーニングウェア姿が現れた。
「あら、富沢さんが私たちの目を気にしているなんて。
少し意外ですね」
「ほんまですねぇ。 明日は雪でも降るんちゃいます?」
「佐久間ちゃん! 成瀬ちゃんも!?」
「あなたたち、どうして? この時間は、私たちの練習時間でしょ?」
「私たちは、私たちでもあるんですよ、めぐみさん」
「そうやで、先輩がた。 詳しくはほら、あっちの貼り紙をご参照、と」
めぐみと千種は顔を見合わせると、成瀬の指した掲示用ボードに駆け寄った。
貼られた紙に書かれた「チーム分け表」という言葉と、表そのものを見て、二人の目が丸くなる。
最強世代チーム: | 祐希子、市ヶ谷、来島、堀、越後、小縞 |
新世代チーム: | 武藤、結城、富沢、佐久間、成瀬 |
一騎当千チーム: | 桜井、龍子、千秋 |
「……千種。 なによ、このチームっていうのは?」
「わ、私に訊かれてもぉ」
「まぁまぁ。 全ては社長と霧子さんの発案やって。
二人とも今回の抗争劇勃発には相当慌てとったみたいやけど、『こうなったら楽しもう!』とか社長が言い出したらしいねん。 で、なんやチーム名までつけて、団体メンバ全員どこかのチームに入るように、ってお達しが来たつーわけで」
「それで私たちは、お二人と一緒に戦おうと決意したんですよ」
佐久間の微笑みは柔らかかったが、その瞳には固い意志の光が見て取れた。
「お二人の足を引っ張るだけではと迷いましたが、私もいつかは祐希子さんや市ヶ谷さんたち大先輩に追いついて、追い越したいと思っています。 だから、めぐみさんと千種さんの選んだ道を私も選びたいんですよ」 *a2
「ウチの場合は、新人はこっちやろなーって単純に思うただけなんやけど。 あとは、成功したら、こっちのがお金にはなりそうやしね」
「そ、そうなんだ……」
「はい。 小縞さんも誘おうと思いましたが、ちょうど現れた市ヶ谷さんに引っ張っていかれて、向こうのチームに入ったようです」 *a3
「……富沢さんは?」
「私はまあ、こっちの方が後輩ばっかで大きな顔できそう……じゃなくて、越後さんもいないから練習もサボれそう……でもなくて、純粋にプロレス界の未来を考えてのことよ」
「はぁ。 そうなんですか……」
ぼんやりと返した千種は、もう一度、めぐみと顔を見合わせた。
「どうする? めぐみ……?」
「どうするもなにも……仕方ないでしょ。
社長と霧子さんが決めたことなんだから。
まったく社長も、こっちは遊びじゃないっていうのに……」
「はっっくしょぉいっっ!」
WRERAの社長の口から予告も予感も無しに飛び出た、盛大なくしゃみ。
下手をすれば机の向こうに立つ二人に直撃するところだったが、とっさに横を向いたことで、何とか被害は回避させることができた。
「社長さん、大丈夫ですか〜?」
「夏カゼかい? 気をつけなよ」
笑いを含んだ二人の声に、わざとらしい咳払いで応えてから、社長は思わぬくしゃみで中断させられた話を、すぐさま再開した。
「と、というわけで、これで契約は完了。 君たちはわが団体の一員だ。
よろしく頼むよ、二人とも」
「はーい、コーチの石川でーす。
楽しくプロレスしましょうね〜、龍子♪」 *a4
「はいはい。 楽しくやろうな、石川。
──しかしさ、本当によかったのかい、社長さん?
てっきりフリーのままの参戦契約だと思ってたのに、わざわざ所属契約を結んでくれるなんてさ」
「一ヶ月やニヶ月で終わりそうな抗争なら、そうしただろうけどね。
今回はそれほど簡単に決着がつきそうもない。
そうなれば、むしろ短期契約の方が高くつくから……と、霧子くんが言ってくれたんだ。
それにね……」 *a5
「それに?」
「あのサンダー龍子を自分の団体に迎えられると思うと、それだけでうれしくてね。
社長としてももちろん、一人のプロレスファンとして、やっぱり放ってはおけないんだよ」
「はは、光栄だね。 捨てる神あれば拾う神ある……ってとこか。
それじゃ、期待には、責任をもって応えなきゃね!」 *a6
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